- 公開日:2025/12/05
- 最終更新日:2025/12/05
飲食店経営において、提供する料理の質と同じくらい、いやそれ以上に重要とも言えるのが「空間デザイン」です。どれほど素晴らしい味を提供しても、その空間が顧客の心理に響かなければ、リピーターは育ちません。逆に、空間設計が優れていれば、ブランド価値が自然と育ち、口コミやSNSでの拡散、顧客のロイヤリティ向上といった複合的な効果を生み出します。
この記事では、飲食店における空間デザインの本質的なポイントと、空間設計によってブランドを育てる具体的な方法について解説します。
飲食店の空間デザインの基本
飲食店の空間デザインにおいて特に重要なのは、顧客が抱く感情とブランドが伝えたいメッセージを一致させることです。単なる見た目の美しさだけではなく、訪れた顧客が無意識のうちに感じる印象や居心地の良さをコントロールすることで、ブランド体験全体が形成されます。
顧客心理と内装の関係
人間の心理は空間の影響を強く受けます。色彩や照明、音響環境や素材の質感などあらゆる要素が複合的に作用して、顧客の感情や行動パターンを無意識に誘導します。たとえば、落ち着いた照明と温かみのある木材を使用した内装は、リラックスした雰囲気を生み出し、長時間滞在を促します。一方で、明るく開放的な空間設計は、回転率を高めたいカジュアル業態に適しています。
内装のデザインが顧客心理に与える影響を理解するには、ターゲット層の行動様式を深く分析する必要があります。高級感を求める顧客層には、素材選定においても一切の妥協を許さない姿勢が求められる一方、若年層やファミリー層をターゲットとする場合は、SNS映えする視覚的なインパクトや子連れでも快適に過ごせるテーブル間隔が重要です。顧客が無意識に感じる「心地よさ」こそが、リピート率を決定づける大きなの要因となるのです。
音響環境も見過ごせない要素です。騒がしすぎる空間は会話を妨げ、静かすぎる空間は他の客の会話が気になり落ち着きません。適切なBGMの音量と種類、そして吸音材の配置により、空間全体の快適性が大きく変わります。
ファサードで決まる第一印象
飲食店の成功において、ファサード(外観デザイン)は極めて重要な役割を果たします。人は視覚情報から得る第一印象で、その店舗が自分に合うかどうかを瞬時に判断します。看板デザイン、エントランスの雰囲気、窓から見える内装 -これらすべてが、顧客が店内に足を踏み入れるかどうかを左右する決定的な要素です。
ファサードのデザインは、ブランドコンセプトを端的に表現する場でもあります。高級フレンチレストランであれば、重厚感のある素材と控えめながら洗練された照明計画が求められます。一方、カジュアルなカフェであれば、開放的なガラス面と親しみやすい看板デザインが効果的です。
SNSと口コミを生む空間演出
現代の飲食店経営において、SNSでの拡散力は集客力アップに直結する重要な要素です。顧客が思わず写真を撮りたくなる空間演出は、無料の広告として機能し、ブランド認知を飛躍的に高めます。
SNS映えする空間をつくるためには、単に派手な装飾を施せば良いわけではありません。ブランドコンセプトと一貫性を保ちながら、視覚的なインパクトを持つ「撮影ポイント」を戦略的に配置することが大切です。たとえば、特徴的な壁面デザイン、印象的な照明の使い方、独自性のある家具選びなどが挙げられます。
- ブランドらしさを保ちながら視覚的なインパクトを持つ壁面や装飾
- 撮影しやすい照明計画と色彩計画
- 独自性のある家具や什器の配置
- 顧客が自然と写真を撮りたくなる「フォトスポット」の設置
- 全体の統一感と一部の突出した個性のバランス
空間設計でブランドを育てる方法
空間設計を通じてブランドを育てるには、まず確固たるコンセプトとターゲット層の明確化が不可欠です。この基盤がなければ、どれほど美しいデザインを施しても、ブランドとしての一貫性が失われ、顧客の心に刺さる体験を提供できません。
コンセプト設計の進め方
飲食店のコンセプト設計は、単に「おしゃれな店」「美味しい店」といった抽象的なイメージではなく、具体的で実現可能なビジョンとして構築する必要があります。コンセプト設計のプロセスは、まず自店舗が提供する価値を明確に定義することから始まります。
効果的なコンセプト設計には、以下のステップが重要です。第一に、自店舗の強みと差別化ポイントを洗い出します。料理のジャンルや価格帯、立地、ターゲット層などを総合的に分析し、競合との差別化要因を明確にしましょう。第二に、そのコンセプトを空間デザインにどう落とし込むかを具体化します。色彩計画や素材選定、照明計画、レイアウトなど、すべての設計要素がコンセプトを体現するように統一します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ブランドコンセプト | 店舗が提供する独自の価値と世界観 |
| ターゲット層 | 年齢、性別、ライフスタイル、価値観 |
| 差別化要因 | 競合との明確な違いと優位性 |
| 空間表現 | 色彩、素材、照明、レイアウトでの一貫性 |
| 体験設計 | 顧客が店舗で得る感情と記憶 |
ターゲットに響くストーリーテリング
空間設計によるブランド構築において、ストーリーテリングは非常に強力な手法です。単なる視覚的な美しさだけでなく、その空間に込められた物語や背景を顧客に伝えることで、感情的なつながりが生まれます。
効果的なストーリーテリングは、空間のあらゆる要素に宿ります。たとえば、創業者の出身地の伝統工芸を内装に取り入れる、地域の歴史的建築物をリノベーションする、特定の時代や文化にインスパイアされた空間演出を行うといった方法があります。これらの物語は、メニューやスタッフの接客を通じて顧客に伝えられ、店舗体験全体に深みを与えます。
また、ターゲット層が共感できるストーリーを選ぶことが重要です。若年層には革新性や社会的意義、中高年層には伝統や職人技、ファミリー層には温かみや安心感といった、それぞれの価値観に響くストーリーを空間設計に織り込みます。ストーリーが明確であればあるほど、ブランドの記憶定着率が高まり、顧客ロイヤリティの向上につながります。
飲食店の空間デザインでブランドを表現する設計要素
ブランドを空間で表現するには、照明、色彩、素材、什器、レイアウトといった個別の設計要素を戦略的にコントロールする必要があります。これらの要素が調和し、統一されたメッセージを発することで、強固なブランドイメージが構築されます。
照明と色彩で印象の統一
照明計画と色彩計画は、空間の印象を決定づける重要な要素です。同じ内装でも、照明の色温度や明るさが変わるだけで、まったく異なる雰囲気になります。
照明には大きく分けて、全体照明、部分照明、アクセント照明があり、これらを組み合わせることで空間に立体感と深みを与えます。高級感演出を目指す場合は、間接照明を多用し、色温度は低めの温かみのあるトーンを選びます。一方、カジュアルで活気のある雰囲気を出したい場合は、明るめの全体照明と、色温度がやや高めの照明を使用します。
色彩計画においては、ブランドカラーを軸にしながら、空間全体のトーンを統一します。色彩心理学に基づき、赤やオレンジは食欲を刺激し、青や緑はリラックス効果をもたらすといった特性を活用します。ただし色を多用しすぎると雑然とした印象になるため、ベースカラー、メインカラー、アクセントカラーの3色程度に絞り、バランスよく配置することが重要です。
- 色温度を統一し、ブランドの雰囲気に合わせる
- 全体照明、部分照明、アクセント照明を組み合わせて立体感を出す
- 調光機能を活用し、時間帯や用途に応じて雰囲気を変える
- 料理や内装の色を美しく見せる演色性の高い照明を選ぶ
- 光の陰影を意識し、空間に奥行きとドラマ性を持たせる
素材と什器でブランド性を確立
素材選定と什器選びは、ブランドの質感と格を直接的に表現する手段です。木材、石材、金属、布地など、それぞれの素材が持つ固有の質感やテクスチャーが、顧客の触覚や視覚に訴えかけ、ブランドイメージを形成します。
高級感を演出する場合は、天然素材や職人の手仕事が感じられる素材を選びます。無垢材のテーブル、大理石のカウンター、真鍮の照明器具などは、それ自体が持つ重厚感と経年変化の美しさがブランド価値を高めます。一方、モダンでミニマルな空間を目指す場合は、シンプルな形状の家具と、マットな質感の素材を組み合わせることで、洗練された印象を生み出します。
什器選びにおいても、ブランドコンセプトとの一貫性が肝心です。カスタムメイドの家具を導入することで、他店にはない独自性を持たせることができます。ただし、予算との兼ね合いもあるため、重要なポイント(エントランス、メインダイニング、カウンター席など)にはこだわりの什器を配置し、その他の部分は既製品を効果的に組み合わせるという戦略も有効です。
素材と什器は単独で存在するのではなく、照明や色彩・レイアウトと相互に影響し合います。木材のテーブルに温かみのある照明を当てることで素材の美しさが引き立ち、金属の什器にはシャープな照明を合わせることでモダンな印象が強調されます。このように、他の設計要素と統合的に考えることで、ブランドの世界観を強固に構築するのです。
レイアウトと動線で居心地の設計
レイアウトと動線設計は、顧客とスタッフの両方にとっての快適性を左右する極めて実用的かつ重要な設計要素です。見た目の美しさだけでなく、実際の使い勝手が悪ければ顧客満足度は低下し、スタッフの労働効率も落ちます。
顧客動線においては、入店から着席、注文、食事、会計、退店までの一連の流れがスムーズであることが求められます。入口付近に待合スペースを設け、席へ誘導する動線が明確であること、トイレへの動線がわかりやすく、かつ食事空間から適度に離れていることなど、細部に至るまで配慮が必要です。
テーブル間隔も重要なポイントです。高級レストランであれば、プライバシーを保つために広めの間隔を取り、カジュアル業態であれば、ある程度の近接感が活気を生み出します。狭すぎると窮屈で不快感を与えるため、ターゲット層と業態に応じた最適な距離感を見極める必要があります。
スタッフ動線については、厨房からフロア、フロアからレジへの動線が最短距離で、かつ顧客の動線と干渉しないように設計しましょう。効率的なスタッフ動線は、サービスの質とスピードを向上させ、結果として顧客満足度を高めます。また、バックヤードの配置や収納スペースの確保も、日々の運営を円滑にするために不可欠です。
| 項目 | ポイント |
|---|---|
| 顧客動線 | 入店から退店までの流れがスムーズで直感的である |
| スタッフ動線 | 厨房とフロアの往復が効率的で、顧客動線と交錯しない |
| テーブル間隔 | 業態とターゲット層に応じた適切な距離感を作る |
| 待合・トイレ配置 | 入口付近に待合、トイレは食事空間から適度に離す |
| バックヤード | 収納スペースと作業スペースを確保する |
事例紹介:THE SAKAI Tokyo
ここで、実際の事例を通して私たちKTXアーキラボがどのようにブランド価値を空間で体現しているかを見ていきましょう。
THE SAKAI Tokyo
は、東京駅八重洲口に開業した鮨店であり、KTXが手掛けた最新の飲食空間デザインの代表作です。
■ プロジェクトの要点
- コンセプト:世界の「鮨」を再定義する、静謐で品格ある体験空間。
- 形態と素材:カウンターの軸を中心に、木・石・金属が織りなす素材構成で“温度のあるミニマリズム”を実現。
- 照明計画:ネガティブスペースを生かした陰影照明で、料理と職人の所作を際立たせる。
- 空間構成:21坪という限られた面積の中で、客席・厨房・サービス動線を最適化し、滞在時の視線誘導をコントロール。
- ブランディング:外装から器の色調までを統一し、「鮨=静寂と緊張の芸術」という世界観を空間全体で表現。
| 用(機能性) | 限られた坪数の中で厨房と客席を一体的に設計し、効率と美観を両立。 |
|---|---|
| 強(構造・耐久性) | 天然素材を適材適所に配置し、経年変化をデザイン要素として取り込む構成とした。 |
| 美(美観) | 照明の陰影が生み出す立体感と、素材の質感が融合し、静謐な“日本の美”を現代的に再構築。 |
THE SAKAI Tokyoのように、素材・照明・動線を一貫した思想で統合することで、空間そのものがブランドの象徴として機能します。
まとめ
この記事では、飲食店における空間デザインのポイントと、空間設計を通じてブランドを育てる具体的な方法について解説しました。
飲食店の空間デザインは、単なる見た目の美しさではなく、顧客の感情、記憶、行動を設計する戦略的なプロセスです。あなたのブランドが持つ独自の価値を、空間設計を通じて明確に表現し、顧客の心に深く刻まれる体験を提供することで、持続的な成長と成功が実現されるでしょう。
「商業建築の設計は、ただ美しい箱を作りだすためのプロセスであってはならない。」というのが、私達KTXの考え方です。
より大きなベネフィットを生む建築を創り出し、投資に見合う利益を還元するビジネスツールを我々は設計しています。建築設計からインテリアの空間デザイン、グラフィックに至るまで、あらゆるデザインを一貫してコントロールすることであなたのビジネスに強力な付加価値を生み出します。もし、建築設計についてお悩みなのであれば、是非一度我々にご相談ください。
KTXアーキラボでは、ブランドを育てる飲食店の空間デザインをご提案しております。お気軽にお問い合わせください。
2025.12.5

【この記事を書いた人 松本哲哉】
KTXアーキラボ代表・一級建築士・大阪芸術大学非常勤講師
2024年度イタリアDAC認定デザイナーランキング世界8位(日本国内1位)
【お問い合わせ先】
KTXアーキラボ一級建築士事務所
東京都港区南麻布3-4-5 エスセナーリオ南麻布002
兵庫県姫路市船丘町298-2 日新ビル2F
事業内容
飲食店・クリニック・物販店・美容院などの店舗デザイン・設計
建築・内装工事施工
メール:kentixx@ktx.space
電話番号:03-4400-4529(代表)
ウェブサイト:https://ktx.space/
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