- 公開日:2025/12/08
- 最終更新日:2025/12/08
空間ブランディングとは、企業や組織の理念・世界観・価値観を空間全体で体感として伝える設計思想です。“空間ブランディング”による戦略的なデザインは、訪れる人々の心に強い印象を残し、ブランドとしての存在価値を高めます。
この記事では、空間ブランディングの概念から実践的な手法まで、印象に残る建築デザインをつくるための考え方を体系的に解説します。
空間ブランディングとは?印象に残る建築デザインをつくるための考え方を定義する
空間ブランディングは建築やインテリアを通じてブランドの価値観や世界観を物理的に表現し、訪れる人々に一貫した体験を提供する戦略的アプローチです。単に視覚的な美しさや機能性を追求するのではなく、その空間がどのような感情を呼び起こし、どのような記憶として残るかを設計段階から緻密に計画します。
空間ブランディングの概念
空間ブランディングとは、企業や施設が持つブランドアイデンティティを、建築空間やインテリアデザインを通じて具現化し、訪問者に五感を通じた体験として伝える手法です。この概念は、視覚や触覚だけでなく、音や香り、さらには空間内での人の動きや滞在時間までを含めた総合的な体験設計を指します。
従来のブランディングがロゴやカラー、広告といった二次元的な要素を中心に展開されてきたのに対し、空間ブランディングは三次元の環境そのものをメディアとして活用します。これにより、ブランドメッセージは単なる情報伝達を超えて、身体的な記憶として来訪者の中に刻まれるのです。
この概念が重要視される背景には、消費者や顧客の購買行動が「モノ」から「体験」へとシフトしている現代のビジネス環境があります。特に商業施設や医療機関、企業オフィスといった空間では、そこで過ごす時間の質が、ブランドへの信頼や満足度に直結します。空間ブランディングは、こうした体験価値を最大化するための戦略的な思考法と言えるでしょう。
建築デザインと空間ブランディングの違い
建築デザインと空間ブランディングは密接に関連していますが、その目的と思考のプロセスには明確な違いがあります。建築デザインは、構造的な安全性、機能性、美観といった建物そのものの完成度を追求する営みです。一方、空間ブランディングは、その建築空間が「誰のために」「どのような価値を伝えるために」存在するのかという、ブランド戦略に基づいた設計思想を指します。
たとえば同じ医療施設でも、建築デザインの視点では診察室の配置効率や待合スペースの快適性が重視されますが、空間ブランディングの視点では「患者が安心して治療を受けられる空間」「先進医療を象徴する清潔で洗練された環境」といったブランドイメージの体現が優先されます。つまり、建築デザインが「どう作るか」に焦点を当てるのに対し、空間ブランディングは「なぜ作るか」「どう感じてもらうか」に重きを置くのです。
| 視点 | 建築デザイン | 空間ブランディング |
|---|---|---|
| 目的 | 機能性・美観・構造の完成度 | ブランド価値の体現と体験設計 |
| 重視する要素 | 素材・形状・配置・法規遵守 | コンセプト・ストーリー・感情喚起 |
| 成果指標 | 設計の完成度・施工品質 | 顧客体験・ブランド認知・ロイヤルティ |
| 関与する専門家 | 建築士・構造設計者 | ブランドストラテジスト・体験デザイナー |
空間ブランディングの目的と期待される効果
空間ブランディングの最大の目的は、物理的な空間を通じてブランドの世界観を伝え、訪れる人々に一貫した価値体験を提供することです。これにより、単なる場所としての機能を超えて、ブランドそのものを象徴する「場」として空間が機能し始めます。その結果、以下のような多面的な効果が期待できます。
- ブランド認知度の向上と差別化の実現
- 顧客満足度とリピート率の向上
- 口コミやSNSでの自発的な情報拡散
- 従業員のモチベーションと企業文化の醸成
- 不動産価値や施設の資産価値向上
- 競合との明確な差別化要因の確立
さらに経営的な視点からは、投資対効果の向上も見逃せません。適切に設計された空間ブランディングは集客力を高め、単価向上や滞在時間の延長といった具体的な売上貢献をもたらします。医療施設であれば患者の満足度向上が評判につながり、商業施設であれば顧客の回遊性向上が購買行動を促進します。このように、空間ブランディングは単なる美的追求ではなく、ビジネス成果に直結する戦略的投資なのです。
印象に残る空間デザインのコンセプトと印象作り
空間ブランディングを実現するためには、複数の設計要素を統合的にコントロールする必要があります。これらの要素は個別に機能するのではなく、相互に作用し合いながら、訪れる人々に一貫したブランド体験を提供します。ここでは、空間ブランディングを構成する主要な基本要素について詳しく解説します。
コンセプトとストーリーテリングの役割
空間ブランディングの根幹を成すのが明確なコンセプトと、それを伝えるストーリーテリングです。コンセプトとは、その空間が体現すべきブランドの核心的な価値観や世界観を言語化したものであり、すべての設計判断の基準となります。このコンセプトが曖昧になってしまうと空間全体の印象は散漫になり、どれほど優れた素材や技術を用いても訪問者の記憶に残りません。
ストーリーテリングは、このコンセプトを空間体験として翻訳する手法です。たとえば、地域の歴史と調和する商業施設を設計する場合、単に歴史的な装飾を施すのではなく、エントランスから各フロアへと進むにつれて「過去から未来へ」という時間軸を体験できるような動線設計や、素材の変遷を通じて物語を語る手法が考えられます。訪問者は空間を移動するだけで、無意識のうちにブランドが伝えたいメッセージを物語として受け取るのです。
実際のプロジェクトでは、コンセプト開発の段階でクライアントのビジョンやターゲット顧客のインサイト、競合環境の分析を統合し、唯一無二のブランドストーリーを構築します。このストーリーが空間全体に一貫性をもたらします。優れた空間ブランディングにおいては、コンセプトが単なるスローガンではなく、訪問者が五感で体感できる具体的な形として結実しているのです。
事例紹介:水盤に浮かぶ雲のチャペル(Cloud of Luster Chapel)
兵庫県姫路市の結婚式場「ラヴィーナ姫路」に併設された
水盤に浮かぶ雲のチャペル(Cloud of Luster Chapel)は、KTXアーキラボが手掛けた空間ブランディングの象徴的な実例です。
新郎新婦にとって人生の節目となる「門出」を祝う場として、“水盤に浮かぶ雲”という詩的なコンセプトを建築的に具現化しました。
■ プロジェクトの要点
- コンセプト:水盤に浮かぶ「雲」をイメージしたシームレスな空間体験
- 形態と素材:輪郭はすべて曲線で構成。軌跡半径を2,500mmに規格化し、曲面ガラスとステンレスサッシの制作コストを最適化
- 設備計画:照明・空調吹出口を天井に置かず床面に集約し、雲形の屋根〜柱を緩やかな曲面で連続させることで、視覚的ノイズを排除
- 床仕上げ:透明ガラスビーズ+樹脂の床により、日差しで水盤のように煌めく演出を実現
- 名称と象徴性:「エル・ブランシュ(白い翼)」—門出を象徴するストーリー性を付与
| 用(機能性) | 設備の床面集約で保守性・運用性を高め、挙式に集中できる快適な環境を確保 |
|---|---|
| 強(構造・耐久性) | 曲面の半径を規格化することで製作精度と施工性を両立し、長期的な維持管理の安定化に寄与 |
| 美(美観) | 雲形の連続曲面と曲面ガラスが包まれるような空間体験を生み、非日常性と記憶に残る象徴性を実現 |
このチャペルでは、形態・素材・照明・設備のすべてが「雲」という一つの物語を伝えるために統合されています。
物理的な構造そのものがストーリーを語ることで、訪れる人々に“静謐と希望”という感情を自然に喚起し、建築がブランドの記憶装置として機能する空間ブランディングの理想形を示しています。
色彩とマテリアル選びによる印象作り
色彩とマテリアル(素材)は、空間の第一印象をダイレクトに決定づける要素です。人間は空間に入った瞬間、まず色と質感を無意識に認識し、それに基づいて感情的な反応を示します。そのためブランドが伝えたいメッセージに応じて、戦略的に色彩とマテリアルを選定することが空間ブランディングにおいて不可欠です。
色彩には心理的な効果があり、暖色系は活動的で親しみやすい印象を、寒色系は冷静で知的な印象を与えます。医療施設では患者の不安を和らげるために柔らかいベージュやペールブルーが用いられることが多く、一方でテック企業のオフィスでは革新性を象徴するビビッドなアクセントカラーが効果的です。重要なのは、色彩選定がブランドのビジュアルアイデンティティと整合していることです。既存のロゴカラーやコーポレートカラーを空間に自然に溶け込ませることで、ブランド認知が強化されます。
マテリアル選びにおいては、視覚だけでなく触覚も重要です。天然木の温かみ、石材の重厚感、ガラスの透明感といった素材の持つ固有の質感が、空間の品格や個性を形成します。さらに、素材の経年変化も考慮すべき要素です。時間と共に味わいを増す素材を選ぶことで、空間に物語性と深みが生まれ、長期的なブランド価値の向上につながります。色彩とマテリアルの選定は、単なる装飾ではなく、ブランドの哲学を物理的に表現する重要な意思決定なのです。
- 木材・石材などの自然素材:温かみ、信頼性、伝統
- ガラス・金属などの人工素材:先進性、透明性、洗練
- 暖色系(赤・オレンジ・黄):活気、親近感、エネルギー
- 寒色系(青・緑):冷静さ、清潔感、知性
- モノトーン(白・黒・グレー):高級感、ミニマリズム、普遍性
動線とゾーニングによる体験設計
空間ブランディングにおける動線とゾーニングは、訪問者の行動と体験を時間軸に沿って設計する重要なプロセスです。動線計画とは人がどのように空間内を移動するかを設計することであり、ゾーニングは空間を機能や目的ごとに区分けし、それぞれに適切な環境を創り出すことを指します。この両者を戦略的に組み合わせることで、訪問者は無意識のうちに設計者が意図したブランド体験を順序立てて受け取ることになります。
ゾーニングにおいては、各エリアの役割を明確にすることが重要です。商業施設であれば、賑やかなエントランスゾーン、じっくり商品を選べる静かなゾーン、休憩できるカフェゾーンといった具合に、訪問者の行動に応じた環境を用意します。医療施設では、不安を抱える患者が最初に触れる受付エリアと、リラックスして診察を待つ待合エリアでは、色彩や照明、音環境を変えることで、患者の心理状態に配慮した設計が可能になります。動線とゾーニングは、空間を単なる箱ではなく、ブランド体験を時系列で展開する舞台装置へと昇華させる鍵なのです。
光と音で感情をつなぐ演出
照明デザインと音環境は、空間ブランディングにおいて感情を直接的に操作する繊細かつ強力な要素です。人間の感情は光の色温度や明るさ、音の種類や音量に敏感に反応します。これらを戦略的にコントロールすることで、訪問者の心理状態を望ましい方向へと導き、ブランドが意図する体験を深く印象づけることができます。
照明には、大きく分けて機能的照明と演出照明があります。機能的照明は作業や移動に必要な明るさを確保するものですが、空間ブランディングにおいてはむしろ演出照明が重要です。時間帯や季節に応じて照明の色温度や明るさを変化させることで、空間に生命感とダイナミズムが生まれます。
| 要素 | 設定 | 心理的効果 | 適した空間 |
|---|---|---|---|
| 照明(色温度) | 暖色系(低色温度) | リラックス・温かみ | レストラン・ラウンジ |
| 照明(色温度) | 寒色系(高色温度) | 集中力・清潔感 | オフィス・医療施設 |
| 音環境 | 静寂・自然音 | 安心感・癒し | 高級ホテル・病院 |
| 音環境 | 軽快な音楽 | 活動性・楽しさ | カフェ・ショップ |
音環境については、BGMや環境音の選定が空間の性格を決定します。無音状態は逆に緊張感を生むため、適度な音のレイヤリングが必要です。高級ブティックでは静かなジャズやクラシックが品格を演出し、カジュアルなカフェではポップスが親しみやすさを表現します。また、音響設計によって会話が適度に響く空間とプライバシーが保たれる空間を作り分けることも可能です。光と音は目に見えにくい要素ですが、だからこそ訪問者の無意識に作用し、空間に対する感情的な記憶を形成する上で極めて重要な役割を果たすのです。
空間ブランディングがもたらす効果
空間ブランディングの概念や基本要素を理解したうえで、実際のプロジェクトにどのように適用するかが重要です。ここでは、設計プロセスにおいて実践的に活用できる具体的な手法について解説します。これらの手法は、理論を現実の空間へと翻訳するための実務的なアプローチであり、成功する空間ブランディングプロジェクトには必要です。
ターゲットリサーチとペルソナ設計
空間ブランディングの出発点は、その空間を利用する人々を深く理解することです。ターゲットリサーチとは、想定される利用者層の属性、行動パターン、価値観、ニーズを多角的に調査する活動であり、その結果を具体的な人物像として集約したものがペルソナです。ペルソナ設計によって、抽象的な「顧客」が血の通った個人として可視化され、設計の判断基準が明確になります。
たとえば、先進的な医療クリニックを設計する場合、ターゲットは「健康意識の高い30代から50代の都市部在住者で、プライバシーと質の高いサービスを重視する」といった具合に定義されます。このペルソナに基づいて、待合室には個別のプライベートスペースを設け、インテリアには清潔感と洗練を象徴する白を基調とし、照明は落ち着いた間接照明を主体とする、といった具体的な設計方針が導かれます。
- 年齢層・性別・職業などの基本属性
- ライフスタイルや価値観
- 空間に求める機能や体験
- 行動パターンや滞在時間
- 競合施設の利用状況と不満点
- 情報収集の方法(SNS、口コミなど)
リサーチの手法としては、既存顧客へのインタビュー、アンケート調査、競合施設の視察、行動観察などが挙げられます。特に重要なのは、表面的なニーズではなく潜在的なインサイトを掘り起こすことです。顧客自身も言語化できていない欲求や不満を発見することで、競合との差別化ポイントが見えてきます。たとえば「待ち時間が苦痛」という表面的な不満の背後には「自分の時間を無駄にされている感覚」という深層心理があるかもしれません。そこに応えるために、待合室を単なる待機空間ではなく、価値ある時間を過ごせる場として再定義する発想が生まれるのです。
プロトタイプとビジュアライゼーションでの検証
空間ブランディングの設計プロセスでは、完成前に設計意図を検証し、関係者間で認識を共有するためのプロトタイプ(試作)とビジュアライゼーション(可視化)が不可欠です。建築やインテリアは一度完成すると修正が困難であり、かつ多額の投資を伴うため、設計段階での綿密な検証が成否を分けます。
ビジュアライゼーションの手法としては、3DCGによるフォトリアリスティックなレンダリング、VR(仮想現実)による没入型体験、モックアップ(実物大模型)の制作などがあります。特にVRは近年、クライアントや意思決定者が設計空間を実際に「歩いて体験する」ことを可能にし、平面図や立面図では伝わりにくい空間のスケール感や雰囲気を事前に確認できる強力なツールとなっています。
| 手法 | 目的 | メリット | 活用タイミング |
|---|---|---|---|
| スケッチ・ムードボード | 初期コンセプト共有 | 迅速・低コスト | 企画初期段階 |
| 3DCGレンダリング | 詳細デザイン確認 | リアルな質感表現 | 基本設計段階 |
| VR体験 | 空間体験のシミュレーション | 没入感・スケール感 | 実施設計前 |
| モックアップ | 素材・照明の実物確認 | 正確な質感・色彩検証 | 最終決定前 |
プロトタイプ制作では、特に照明効果や素材の質感といった、CGでは完全に再現しきれない要素を実物で確認することが重要です。またモックアップを用いたユーザーテストを行うことで、動線の使いやすさやサイン計画の視認性といった実用面も検証できます。
まとめ
この記事では、空間ブランディングの概念から、建築デザインとの違い、実践的な手法など印象に残る建築デザインの考え方を体系的に解説しました。空間ブランディングとは、単に美しい建築をつくることではなく、ブランドの世界観を物理的な空間体験として具現化し、訪れる人々の記憶に深く刻まれる場を創り出す戦略的アプローチです。
建築やインテリアを単なるコストではなく、ブランド価値を高める重要な投資として捉え、空間ブランディングの視点を取り入れることで、競合との差別化と持続的な顧客ロイヤルティの獲得が可能になります。
「商業建築の設計は、ただ美しい箱を作りだすためのプロセスであってはならない。」というのが、私達KTXの考え方です。
より大きなベネフィットを生む建築を創り出し、投資に見合う利益を還元するビジネスツールを我々は設計しています。建築設計からインテリアの空間デザイン、グラフィックに至るまで、あらゆるデザインを一貫してコントロールすることであなたのビジネスに強力な付加価値を生み出します。もし、建築設計についてお悩みなのであれば、是非一度我々にご相談ください。
KTXアーキラボでは、印象に残る建築を作り出す空間プランディングをご提案しております。お気軽にお問い合わせください。
2025.12.8

【この記事を書いた人 松本哲哉】
KTXアーキラボ代表・一級建築士・大阪芸術大学非常勤講師
2024年度イタリアDAC認定デザイナーランキング世界8位(日本国内1位)
【お問い合わせ先】
KTXアーキラボ一級建築士事務所
東京都港区南麻布3-4-5 エスセナーリオ南麻布002
兵庫県姫路市船丘町298-2 日新ビル2F
事業内容
飲食店・クリニック・物販店・美容院などの店舗デザイン・設計
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