- 公開日:2025/11/22
- 最終更新日:2025/11/23
クリニックの開業は医師としてのキャリアにおける重要な決断であり、設計の質が診療体験に大きく影響します。患者が安心して通える空間づくり、効率的な診療フローを実現する動線計画、スタッフが働きやすい環境設計など、クリニックの設計は医療サービスの質そのものに直結します。
この記事では、クリニック開業における建築設計の重要なポイントと、成功に導くための具体的なステップを解説します。
クリニックの開業の全体像とスケジュール
クリニック開業は、単に診療科目を決めて物件を借りれば始められるものではありません。コンセプト設計から資金調達、物件選定、内装工事、スタッフ採用、各種許認可の取得まで、多岐にわたるプロセスを計画的に進める必要があります。特に建築設計のフェーズは、開業後の経営効率や患者満足度に長期的な影響を与えるため、十分な時間と専門知識を投入すべき領域です。
開業までの主要ステップ
クリニック開業のプロセスは、大きく分けて構想・計画段階、準備・実行段階、開業直前段階の3つのフェーズに分類できます。構想段階では診療科目の選定、ターゲット患者層の明確化、経営理念の策定といった根幹部分を固めます。この段階で設計の方向性を決定することが、後のプロセスをスムーズに進める鍵となります。
準備段階では、事業計画書の作成と金融機関との融資交渉、物件探しと契約、そして建築設計事務所や施工会社との打ち合わせが並行して進みます。この時期に重要なのは、医療法や建築基準法などの法規制を熟知した専門家と連携し、後戻りのない設計を行うことです。医療施設特有の感染対策やバリアフリー設計、医療機器の搬入経路なども、この段階で詳細に詰めておく必要があります。
開業直前段階では、内装工事の完了後に医療機器の搬入・設置、スタッフトレーニング、保健所への開設届出、地域医師会への挨拶などを行います。特に保健所の立ち入り検査では、設計段階で法規制に適合していることが前提となるため、建築設計の品質が直接的に開業スケジュールに影響します。設計段階での小さなミスが、開業時期の大幅な遅延につながるケースも少なくありません。
現実的な準備期間の目安
クリニックの開業準備には、一般的に12ヶ月から18ヶ月程度の期間が必要です。ただし、これは診療科目や物件の状態、設計の複雑さによって大きく変動します。例えば、内科や小児科のような比較的シンプルなレイアウトで済む診療科目であれば12ヶ月程度で開業可能ですが、手術室や特殊な検査設備を要する診療科目では18ヶ月以上を見込む必要があります。
建築設計のフェーズだけに焦点を当てると、基本設計に2〜3ヶ月、実施設計に2〜3ヶ月、工事期間に3〜6ヶ月が標準的なスケジュールです。しかし、スケルトン物件からの全面改装の場合は、さらに2〜3ヶ月の追加期間を見込む必要があります。物件の構造や既存設備の状態によっては、想定外の補強工事や配管工事が発生することもあるため、余裕を持ったスケジューリングが重要です。
| フェーズ | 主な内容 | 期間 |
|---|---|---|
| 構想・計画段階 | コンセプト策定、事業計画書作成、資金調達 | 3〜4ヶ月 |
| 物件選定・契約 | 立地調査、物件探し、賃貸借契約 | 2〜3ヶ月 |
| プラン・内装デザイン | 基本設計、実施設計、各種申請 | 4〜6ヶ月 |
| 内装工事 | 施工、設備工事、竣工検査 | 3〜6ヶ月 |
| 開業準備 | 機器搬入、保健所届出 | 1〜2ヶ月 |
また、診療科目によって必要な設備や空間が大きく異なるため、専門家との早期相談が不可欠です。例えば整形外科ではリハビリスペースの確保、皮膚科では処置室の配置、心療内科ではプライバシーに配慮した待合室設計など、それぞれに固有の設計要件があります。こうした診療科目別の特性を理解した建築設計事務所を選ぶことが、スムーズな開業への近道となります。
クリニックの開業の資金計画
クリニックの開業における資金計画は、事業の持続可能性を左右する最重要課題です。特に建築設計と内装工事は初期費用の中で最も大きな割合を占めるため、設計段階でのコスト管理が重要です。
初期費用の内訳
クリニックの開業の初期費用は、診療科目や立地、規模によって大きく異なりますが、一般的な内科クリニックで5,000万円から1億円程度が目安となります。この中で建築設計と内装工事費用は全体の30〜40%を占め、3,000万円から5,000万円程度が相場です。物件が居抜き物件かスケルトン物件かによっても費用は大きく変動し、スケルトンからの全面改装では工事費用が倍近くになるケースもあります。
建築設計費用については、設計監理料として工事費の10〜15%程度が一般的です。ただし、医療施設特有の法規制対応や感染対策設計、バリアフリー設計などの専門知識を持つ設計事務所では、やや高めの設定となることもあります。しかし設計段階での投資を惜しむと、後の改修コストや運営効率の低下で結果的に損失が大きくなる可能性があるため、適切な設計料を予算化することが重要です。
- 物件取得費用(敷金・礼金・保証金):賃料の6〜12ヶ月分
- 建築設計・監理費用:工事費の10〜15%
- 内装工事費用:坪単価50万円〜90万円
- 医療機器・備品購入費:2,000万円〜4,000万円
- 広告宣伝費:200万円〜500万円
- 開業コンサルティング費用:200万円〜500万円
- 各種申請・届出費用:50万円〜100万円
医療機器の選定も資金計画に大きく影響します。最新の高性能機器は診療の質を高めますが初期投資が大きくなるため、リースやレンタルを活用することで費用を抑えることができます。また、電子カルテシステムなどのIT投資も近年では必須となっており、300万円から500万円程度の予算を見込む必要があります。こうした機器の配置計画は建築設計と密接に関わるため、設計段階から機器選定を並行して進めることが効率的です。
運転資金とキャッシュフロー管理
開業後の運転資金は、多くの開業医が見落としがちなポイントです。クリニックが黒字化するまでには通常3ヶ月から6ヶ月程度かかるため、その間の家賃、人件費、光熱費などの固定費を賄う資金が必要です。一般的には月間経費の6ヶ月分、金額にして1,500万円から2,000万円程度を運転資金として確保しておくことが推奨されます。
キャッシュフロー管理においては、診療報酬の入金タイミングと支払いのタイミングのズレに注意が必要です。保険診療の場合、実際の診療から報酬入金まで約2ヶ月のタイムラグがあるため、開業直後は収入がないまま支出だけが発生する状況が続きます。この期間を乗り切るための十分な運転資金の確保が、開業初期の経営安定の鍵となります。
クリニックの開業の物件選び
物件選びはクリニックの開業における重要な意思決定の一つです。立地は患者数に直結し、物件の構造や設備状況は建築設計の自由度とコストに大きく影響します。一度契約した物件は簡単に変更できないため、慎重かつ戦略的な物件選定が求められます。
立地と患者動線の考え方
クリニックの立地選定では、ターゲット患者層の生活動線を徹底的に分析することが重要です。例えば、働く世代をターゲットとする場合は駅前や主要オフィス街の近く、高齢者をターゲットとする場合は住宅密集地でバス停から近い場所が適しています。また、競合クリニックの分布状況も調査し、診療圏内の潜在患者数を推計することで、事業の実現可能性を評価できます。
患者動線の観点からは、視認性とアクセスの良さが最優先事項です。1階路面店や駅ビル内のテナントは視認性が高く新規患者の獲得に有利ですが、賃料も高額になります。一方、ビルの上層階は賃料を抑えられますが、エレベーターの有無や待ち時間が患者満足度に影響します。特に高齢患者が多い診療科目では、バリアフリー対応と移動のしやすさが患者の通院継続率を左右するため、物件選定の最重要基準となります。
駐車場の確保も地域特性によっては必須条件です。地方都市や郊外では車での来院が主流となるため、最低でも5台以上の駐車スペースが望ましいでしょう。都心部では駐車場の確保が困難な場合も多く、その場合は公共交通機関でのアクセスの良さで補う必要があります。また近隣に薬局があるかどうかも患者の利便性に影響するため、周辺環境の総合的な評価が重要です。
物件タイプ別のメリットと注意点
クリニックの開業に適した物件は、大きく分けて医療モール型、ビルテナント型、戸建て型の3種類があります。医療モールは複数の診療科目が集まった施設で、患者の相互送客が期待できる一方、内装の自由度が制限される場合があります。医療モールは開発段階から医療施設としての設計がなされているため、設備面での優位性がありますが、賃料はやや高めに設定されることが一般的です。
ビルテナント型は、商業ビルやオフィスビルの一区画を借りる形態です。立地の選択肢が広く、駅前などの好立地を確保しやすいメリットがあります。ただし、既存の建物構造に制約を受けるため、配管や電気容量、空調設備などのインフラ確認が重要です。特に給排水設備は診療に不可欠であり、既存設備が不十分な場合は大規模な改修が必要となり、予想外のコスト増加につながるリスクがあります。
| 物件タイプ | メリット | 注意点 |
|---|---|---|
| 医療モール | 医療施設向け設計済み、患者相互送客 | 賃料が高め、内装自由度が低い |
| ビルテナント | 立地選択肢が多い、賃料が比較的安い | 設備改修コストが発生する可能性 |
| 戸建て | 設計自由度が高い、駐車場確保しやすい | 建設コストが高い、立地が郊外になりやすい |
戸建て型は土地を取得または賃借して建物を新築する形態で、設計の自由度が最も高いのが特徴です。診療科目に最適化した空間設計が可能で、将来的な拡張にも対応しやすいメリットがあります。ただし建設コストは最も高額になり、開業までの期間も長くなります。また立地は郊外になりやすいため、患者の通院手段としての駐車場確保は必須条件となります。
クリニックの開業の設計内装と医療機器選定
クリニックの設計内装は、医療サービスの質と効率性を決定づける重要な要素です。患者にとっての快適性と安心感、スタッフにとっての作業効率、そして経営者にとってのコスト最適化を同時に実現する設計が求められます。
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医療機器の選定も設計と密接に関わり、機器配置を前提とした空間設計が必要です。
診療フローに合わせた院内設計
効率的な診療フローを実現する院内設計の基本は、ゾーニングと動線計画です。ゾーニングとは、受付・待合エリア、診察エリア、処置・検査エリア、バックヤード(スタッフルームや倉庫)を機能別に区分することです。これらのゾーンを適切に配置することで、患者動線とスタッフ動線を分離し、プライバシー保護と作業効率を両立させます。
患者動線の設計では、受付から待合室、診察室、会計までの流れがスムーズであることが重要です。特に待合室では、患者同士の視線が交錯しないような配置や、感染対策を考慮した座席間隔の確保が求められます。診察室の配置も、受付から見通せる位置にすることで患者の呼び出しがスムーズになり、待ち時間のストレス軽減につながります。
スタッフ動線については、診察室から処置室、検査室への移動距離を最小化することで、診療効率が大きく向上します。また、清潔エリアと不潔エリアの区分を明確にし、感染対策の観点から交差汚染を防ぐ設計が必要です。医療機器の配置も動線計画と一体で考え、頻繁に使用する機器は診察室から最短距離に配置することで、診療時間の短縮とスタッフの負担軽減が実現できます。
- 受付カウンターは入口から直接視認できる位置に配置する
- 待合室は診察室の呼び出し声が届く範囲内に設定する
- 診察室と処置室は隣接させ、スタッフの移動距離を短縮する
- トイレは待合室から近く、診察室からは離れた位置に配置する
- バックヤードは患者動線と交わらない位置に確保する
- 車椅子やベビーカーでも移動しやすい通路幅を確保する
必須医療機器と設備リスト
医療機器の選定は、診療科目によって大きく異なりますが、どの診療科でも共通して必要な基本機器があります。診察用ベッド、血圧計、体温計などの基本的な診察機器に加え、電子カルテシステム、レセプトコンピュータなどのIT機器は現代のクリニック運営に不可欠です。
医療機器の配置計画は、建築設計と同時に進めることが重要です。特にレントゲン装置は放射線防護のための鉛入り壁や専用電源が必要であり、設計段階で機器の仕様を確定させなければなりません。また、大型機器の搬入経路や重量に耐えられる床構造の確認も必要です。機器選定の遅れが工事スケジュールに影響し、開業時期の遅延につながるケースもあるため、早期の決定が望まれます。
| 診療科目 | 必須機器 | 推奨機器 |
|---|---|---|
| 内科 | 血圧計、心電図計、血液検査機器 | レントゲン装置、超音波診断装置 |
| 整形外科 | レントゲン装置、リハビリ機器 | MRI、骨密度測定装置 |
| 皮膚科 | ダーモスコピー、処置用機器 | レーザー治療機器、液体窒素装置 |
| 眼科 | 視力検査機器、眼底カメラ | OCT、視野検査機器 |
設備面では、空調システムの設計が患者とスタッフの快適性に直結します。診察室や処置室は年間を通じて快適な温度を保つ必要があり、省エネ性能の高い空調設備を選ぶことでランニングコストの削減も可能です。また、感染対策の観点から換気性能も重要で、特にコロナ禍以降は十分な換気能力を持つ空調設備が求められています。照明計画も重要で、診察室では十分な明るさを確保しつつ、待合室では患者がリラックスできる柔らかな照明が適しています。
まとめ
この記事では、クリニック開業における建築設計の重要性と、持続可能なクリニックを実現するための具体的なポイントを解説しました。開業までのスケジュール管理、適切な資金計画、戦略的な物件選び、そして患者とスタッフの双方にとって最適な設計内装の実現が、クリニック経営の成功を左右します。特に建築設計は、開業後の長期的な経営効率や患者満足度に直接影響するため、専門知識を持つパートナーとの連携が不可欠です。
「商業建築の設計は、ただ美しい箱を作りだすためのプロセスであってはならない。」というのが、私達KTXの考え方です。
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2025.11.22

【この記事を書いた人 松本哲哉】
KTXアーキラボ代表・一級建築士・大阪芸術大学非常勤講師
2024年度イタリアDAC認定デザイナーランキング世界8位(日本国内1位)
【お問い合わせ先】
KTXアーキラボ一級建築士事務所
東京都港区南麻布3-4-5 エスセナーリオ南麻布002
兵庫県姫路市船丘町298-2 日新ビル2F
事業内容
飲食店・クリニック・物販店・美容院などの店舗デザイン・設計
建築・内装工事施工
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